日経ビジネス 有訓無訓

2008年9月29日号

ネットの中にあるのはすべて"過去の遺物"

養老 孟司


後ろを一生懸命見れば、前が見える」我々現代人は今、この勘違いにはまっていると思います。

 例えばインターネットの中にあるのは、すべて過去の遺物です。ああいうネットの情報や使いこなしに詳しいということは、極端に言うと、後ろ向きに全力で生きている、ということなんです。

 情報は「情報」として書き込まれた時点で固定される。これをつい忘れてしまうんです。『平家物語』は700年たっても変わらない、どこが諸行無常なんだと時々言っているんですが、出来事は「情報」になった時点で変化が止まる。これはいい悪いではなく当たり前のことです。けれど、メディアやネットが行き渡ったおかげで、我々は固定された過去の情報に縛り付けられている。歴史上最も頭の固い人々になってしまったんじゃないでしょうか。


(中略)


 皮肉な話ですが、情報革命はむしろ脳ミソの保守化を生んでいるわけです。自分で前に向かって動かずに、過去の情報さえ検索すれば答えがあるように思い込んでしまう。

 こういうお話をすると「じゃあ、前を向いて生き抜くには、具体的にはどうしたらいいんですか。」と皆さん必ずお聞きになる。僕はいつも「それは、『ああすればこうなる』といって生きるのをおやめになることでしょう」とお答えしています。

 「ああすればこうなる」の前提は、人間は因果関係を、状況を読み解くことができる、ということですよね。でも、変化の中では読み解けない状況が必ず訪れます。それを我々は「危機」と言う。

 だから危機に「ああすればこうなる」で立ち向かうのは無理なのです。「危機管理」などは、まさに脳頼みな考え方で、言葉自体が矛盾している。では、変化とそして危機に対して必要なものは何でしょうか。

 それは「覚悟」という言葉に尽きます。


(中略)


 それに「ああすればこうなる」がわからない、先が読めない、だから怖い、というのはおかしな話じゃないでしょうか。先は読めないから面白い、読めたら面白くないんですよ。


(中略)


だって私もあなたも、自分が死ぬ日は誰も分からないまま生きているんですから。いつ死ぬか分からないのに、先が分からないことを悩み、ひたすら過去をみつめたりするなんて、もったいないと思います。

あまりに便利な世の中になりすぎた功罪か?

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